9月13日 王として御座につかれる神

【主】は、大洪水のときに御座に着かれた。まことに、【主】は、とこしえに王として御座に着いておられる。《詩篇 二十九・10》

主は、洪水に乗って来られるお方です。この世での苦難や問題という洪水に乗って来られる天の父なる神さまは、私たちのもとに、宗教家や科学者としてではなく、王として来られるのです。それは、なぜでしょうか。神さまは、洪水を通して私たちを訪ねて来られ、神さまが、環境や運命を変えることができるお方であることを、私たちに知らせるためです。人は、自分に良いことばかりが起こっている時には、神さまの偉大な力を忘れてしまいがちな者です。神さまの輝かしい光に近づこうとしません。人生の中で暗闇を通るときにこそ、光に近づき、光のすばらしさを体験します。暗闇の中に輝く光にホッとします。毎日の生活の中で、嵐や苦しみを体験した時、洪水の上にすわっておられる神さまを仰ぎ見、神さまを体験します。そうすると、主が、すべてをご支配しておられる「王の王、最も偉大な王」であることをはっきりと知るようになります。

罪を犯し、主から離れた人間は、苦難や問題という洪水の大波に襲われなければ、キリストを王として心にお迎えしません。すべてのものが豊かで、安心して暮らしていられる時には、キリストを王として迎えるよりは、人間の知恵や知識を王として認め、物質を王として認めます。そして、嵐や苦しみが襲って来た時、人間の知恵や知識、物質などを用いて、いろいろ手を尽くします。けれども、人間の知恵や知識、物質が役に立たず、絶望の壁にぶつかります。誇っていたすべての物が大洪水に流され、破壊されて始めて、天と地とその中のすべてのものをお造りになり、人間の生と死を支配しておられるイエスさまの御前にひざまずき、心の中にイエスさまを王として迎えるのです。

主が、もし洪水に乗って来られないなら、人は高ぶり、主なる神さまに反逆し、その罪の嵐の中でおぼれて死んでしまいます。主は、私たちを永遠の地獄から救い出し、私たちのために準備しておられる、涙も悩みもない、ため息や死もない新しい天のエルサレムに導くために、洪水に乗って来られ、王として治めてくださるのです。私たちは、このお方にすべてを委ねれば良いのです。

けれども、王として御座に着かれる主は、私たちを奴隷とされるのではありません。私たちが嵐や苦しみの中で降伏し、ひれ伏す時、主は、私たちを主と共に、洪水の上にすわる王としてくださるのです。勝利は私たちのものです。

洪水が襲って来た時こそ、へりくだり、心の中にイエスさまを王として迎え入れましょう。

お祈り:私たちの王であられ、愛と正義をもって私たちを治めてくださる天のお父さま、感謝します。力強い御腕をもって私たちを救ってくださり、神の民としてくださるため、王である祭司としてくださるために、訓練してくださる恵みを感謝します。私たちが嵐や苦しみの洪水に出会った時、ただ嘆くだけでなく、失望しないで、感謝することができますように、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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