9月17日 ダビテの信仰(3)

私の敵の前で、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています。まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう。私はいつまでも【主】の家に住まいます。《詩篇 二十三・5~6》

聖書は言います。「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。《ローマ 十・10》」3回にわたり、ダビデが歌った《詩篇 二十三篇》から、ダビデの信仰告白について学んでいます。きょうは3回目です。

私たちの日々の生活で、自らに「」が迫って来ると、その原因を人のせいにしたり、環境のせいにしたりします。そして、「なぜ私に敵が迫って来たのでしょうか?」と神さまにつぶやいたり、「この敵を追い出してください」と、祈ったりします。

けれども、ダビデは、敵が迫って来ることを、むしろ喜びました。敵が来ると、「私の敵の前で、あなたは私の前に食卓を整えて下さる」と、信仰によって告白しました。敵は、私たちが飢え、渇き、敗北することを願っています。このことをご存じの天のお父さまは、その敵の前で私たちを手厚くもてなしてくださいます。かえって、敵の期待をへし折ってしまわれるのです。

また、ダビデは敵が迫って来た時、「頭に香油を注いでくださいます」と信仰によって告白しました。頭に油を注ぐというのは、地位を向上させることを意味します。私たちに敵が迫って来る時、天のお父さまは、敵の期待をくじくために、私たちの地位を高め、敵より偉大にしてくださるのです。ですから、私たちに敵が迫って来た時、希望を決して失わないで、「【主】は私の頭に香油を注いでくださいます」と告白し、主に期待し、喜びましょう。

ダビデはまた、敵が迫って来る時、「私の杯は、あふれています」と、信仰によって告白しました。聖書には、「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ《ローマ 十二・20》」と書かれています。もし私たちが食物を豊かに持っていないなら、敵に食べさせたり、飲ませたりすることができません。私たちが豊かであってこそ、敵に食べさせ、飲ませることができるのです。ですから、天のお父さまは、敵の目の前で、私たちの杯があふれる祝福をくださるのです。その杯には愛、信仰、希望、喜び、平安、健康があふれるばかりに注がれます。ですから、ダビデは、敵が迫って来た時、「私の杯は、あふれています」という肯定的な告白を、信仰によって告白したのです。私たちも敵が迫って来た時、ダビデのように信仰によって大胆に告白しましょう。そうすれば、私たちの杯があふれる恵みを受けることができます。

またダビデは、「まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう」との、驚くべき信仰を宣言しました。そしてダビデは、「私はいつまでも【主】の家に住まいます」と言いました。これは天の御国を心から求め、信仰を失わない態度を現しています。この世の中で生きる時、苦しみや、痛みは、つきものです。永遠の真の平安は、ただ天の御国にのみあるのです。この天の御国を待ち望み、信仰によって生きる時、どのような苦しみや痛みにも耐えることができます。ダビデは、このような驚くべき肯定的な告白を、信仰によって告白する人でした。そしてまた、彼の生涯はその通り祝福された生涯でした。

お祈り:敵の前で豊かに食事を整えてくださる天のお父さま、感謝します。敵が私たちの前に迫って来た時、希望を失うことがないように力を注いでください。その時こそ、むしろ神に感謝し、神のお考えを受け入れて、賛美をささげることができるようにしてください。私たちが神を信頼し、期待し続ける時、敵は切り取られた野菜のようにしなびてしまいます。どうか私たちがつぶやくことなく、感謝することができますように、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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