9月26日 祝福される人

もし、あなたが、あなたの神、【主】の御声に確かに聞き従い、私が今日あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、【主】は、地のすべての国々の上にあなたを高く上げられる。《申命記 二十八・1》

きょうは、神さまから「祝福される人」について学びます。祝福されることを嫌う人は、一人もいません。

私たち日本人は、「祖先の墓を、良い場所に建てると、その家族が祝福される」とか、「方位、方角で祝福を受けられる」とか、「家の中のこちらの方角に○○を置くと運が強くなるが、××を置くと災いが起こる」などと言って、どうにかして祝福を得ようと懸命です。祝福を懸命に追いかけています。これは風水と呼ばれるものの考え方ですが、この背後には、サタンと悪霊たちの存在がひそんでいますし、全くのフェイクニュース:ウソの情報です。

聖書は、祝福が人を追いかけて来ると言っています。イスラエルの歴史を調べてみると、そのことがはっきりと分かります。イスラエルの民が神さまに選ばれ、神さまの祝福を受ける民となって、カナンの地に向かって出発した時、どんなことが起こったでしょうか。

イスラエルの民が祝福された民であることは、紅海が真っ二つに分かれ、エジプトの追っ手から救い出された奇跡が起こったことから分かります。彼らは、神さまの手によって守られ、紅海を渡り、エジプトの軍隊から助け出されました。また神は、イスラエルの民がカナンに向かう旅の途中、砂漠の中で天からのパンであるマナを降らせ、岩を砕いて水を与えられました。また、イスラエルの民がエリコの城壁の周りを行進すると、城壁は崩れ去りました。イスラエルの民がカナンの地に入ると、そこは更に肥えた土地となり、今まで以上に実り豊かな地となりました。

このように、イスラエルの民が行く所はどこでも、神さまの祝福が彼らを追いかけて来ました。イスラエルの民は神さまに仕え、神さまの命令を守っていました。神さまが祝福をとどめることは、何もなかったからです。ところが、カナンの地に入った彼らは、いつのまにか偶像の神々に仕えるようになりました。すると、神さまは祝福をとどめました。天からは雨が降らず、草木もみな枯れてしまい、飢饉がやって来ました。国の中には犯罪が絶えません。また、敵国がイスラエルに攻めて来ると、勝つことができず、敵に支配されてしまいました。最終的には、バビロニヤに支配され、イスラエルの民の中の優秀な人々は奴隷とされ、バビロニヤに連れ去られて行きました。

このように、イスラエルの歴史を見る時、祝福は追い求めるものではなく、主なる神さまに従う人について来るものであることが分かります。イスラエルの民が主の御声に従い、主のすべての命令を守り行う時は、祝福に満たされましたが、主なる神さまに逆らった時は、呪いが臨みました。

イエスさまを信じる私たちには、イスラエルの民が経験した以上の、更に偉大な祝福が臨んでいます。私たちは、救い主イエスさまの中に置かれ、イエスさまと一体とされています。天のお父さまが私たちをご覧になると、私たちはイエスさまの中にいるので、イエスさまと同じような者となっています。そして、天の全ての霊的祝福が私たちに与えられています。この偉大な祝福を、私たちが地上で体験するために必要なことは、自分を捨て、自分の十字架を負って、イエスさまにお従いすることです。共に、イエスさまにお従いして参りましょう。

お祈り:祝福の源であられる天のお父さま、感謝します。私と家族が、いつも主の前に立ち返り、主のいのちを新しく受け取り続ける者となれますように。いつかは消えて無くなるようなこの世の祝福に目を向けるのではなく、永遠に変わらない神さまの祝福が与えられていることに目を向けることができますように。主の御声に聞き従う者とさせてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

9月25日へ   9月27日へ   9月の目次へ    毎朝のマナの目次へ

コメント