2月29日 アブラハムの信仰

御使いは言われた。「その子に手を下してはならない。その子に何もしてはならない。今わたしは、あなたが神を恐れていることがよく分かった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しむことがなかった。」 《創世記 二十二・12》

イサクが成長して三十歳を過ぎた頃、神さまはアブラハムに向かい、「あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを…全焼のささげ物としてささげなさい《同 二十二・2》」と言われました。アブラハムは、さぞかし驚いたことでしょう。神さまは、アブラハムの信仰をテストしたのです。アブラハムは、すぐ神さまの命令に従いました。翌日の朝早く、アブラハムはひとり子イサクを連れて、神さまが示されたモリヤの山(今のエルサレム)に向かいました。三日後、二人はモリヤの山に到着し、山頂に祭壇を築きました。アブラハムはイサクに、祭壇のたきぎの上に寝るように言いました。イサクは言われる通り、祭壇の上に寝ました。アブラハムは、動物をほふるナイフを取り、自分のひとり子をほふろうとした時、主の使いが天からアブラハムを呼び、言いました。「アブラハム、アブラハム。その子に手を下してはならない。その子に何もしてはならない。

アブラハムは信仰の父と言われています。主の命令によって、ハガルによって生んだ愛する子イシュマエルを、自分のもとから追い出しました。息子よりも、主を愛していたからです。最愛の息子イサクさえも、主にいけにえとしてささげました。アブラハムは、イサクよりも主を愛していたのです。アブラハムは、主が全能の神であること知り、主を信頼していました。主は善いお方であると、主を全面的に信頼していました。主は愛の神であると知り、信頼していたのです。主なる神さまの命令は、必ずすべてを働かせて益としてくださる、と主を信頼し切っていたのです。たとえイサクをほふったとしても、主はイサクを生き返らせることのできるお方だと、主の復活の力を信頼し切っていたのです。アブラハムは、どんなことでも、主に従う決心をしていました。主はアブラハムに向かっておっしゃいました。「今わたしは、あなたが神を恐れていることがよく分かった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しむことがなかった。

アブラハムの信仰は、天のお父さまがひとり子イエスさまを十字架におかけになることと同じものです。また、イエスさまが天のお父さまの命令に完全に従い通したのと同じものです。イエスさまは、天のお父さまの命令が全て愛であることを知っていました。イエスさまは、主なる神さまですが、人となりました。貧しい家庭に生まれました。私たちの身代わりとなって、十字架にかかられ、死にました。天のお父さまは、イエスさまを死者の中からよみがえらせてくださいました。イエスさまの十字架の死は、私たちの罪の身代わりの死であることを、天のお父さまが証明してくださいました。イエスさまを信頼する私たちも、イエスさまの命令は全て愛であることを、知る必要があります。天のお父さまの命令が、全て愛であることを知る必要があります。勇気を出して、神さまのみことばの通りに生きる時、主が愛のお方であることを知るようになります。主があなたや私に与えてくださった困難や問題の中に、勇気を出して飛び込み、みことばに従う時、主が全能のお方であることを知り、愛のお方であることを知るようになるのです。

お祈り:イエスさまを信じる私たちに大きな恵みを与えてくださった天の父なる神さま、感謝します。毎日、イエスさまの愛に感動することのできる、低い心を、どうぞ私にお与えください。毎日、聖霊さまと一緒に生活できる者にしてください。天の父なる神さまが、私のような者にも目を留めてくださることを、心より感謝致します。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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