3月23日 私たちは神さまの子どもです!

私たちの主イエス・キリストの父である神、あわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神がほめたたえられますように。《コリント人への手紙 第二 一・3》

人は、大きく分けて二種類に分類できます。神さまの子どもと、この世の子どもです。この世の子どもたちは、神さまの厳しい裁きを免れることは出来ません。この人たちは、荒野のようなこの社会で、羊飼いのない羊のように、さまよっています。最後には、生きたまま火と硫黄で燃える池に落とされ、永遠の刑罰を受けます。

けれども、悔い改め、イエス・キリストを私の救い主として信じ、心に受け入れた人は、神さまを天のお父さまとして迎えた人であり、死からいのちに移った人であり、裁きではなく、恵みへと移された人なのです。神さまは、この人々を幸いな道へと導いてくださいます。ですから、神の子となった人は、神さまの厳しい裁きから救われたことを知り、喜びに満たされ、もっともっと熱心に神さまに仕え、礼拝をおささげしましょう。また、主の聖さを追い求め、祈りをささげ、賛美をささげ、聖書を毎日読み、みことばを思いめぐらし、敬虔に生きる訓練を受けて参りましょう。私たちは、永遠の刑罰を受ける犯罪者のような、悲劇的な存在ではありません。私たちは、天の神さまを「アバ父」と呼ぶことのできる者です。イエスさまによって罪が赦され、裁きから救われ、恵みの御座に大胆に近づくことの出来る、価値ある、幸いな者に変えられた者なのです。

イエス・キリストは、宗教家ではありません。道であり、真理であり、いのちです。イエス・キリストを信じるとは、天からのいのちが与えられ、いのちや生き方が全く変えられることです。罪の有るいのちを捨て、イエスさまのいのち、永遠のいのちを持つ者とされたのです。罪人でしたが、キリストの中に置かれたことにより、罪赦された義人となりました。律法の呪いにしばられていましたが、キリストの自由を得る者となりました。永遠の刑罰を受けるべき者でしたが、永遠のいのちを獲得する、驚くべき恵みを頂く者となりまし。これがキリストを信頼する神の子どもです。

イエス・キリストを信じる人は、新しく造られた者です。これは、恵みにより、信仰により、無代価で与えられる賜物です。神さまは、私たちの身代わりに、イエスさまが十字架の上で私たち全ての罪を背負って死ぬ神の子羊、いけにえとなるよう、イエスさまにお命じくださいました。イエスさまは、私たちが罪によって受けるべき裁きを、全て受けてくださいました。人間の罪を清算してくださり、人間の受けるべき刑罰も清算してくださり、神さまと和解できるようにしてくださいました。ですから、イエス・キリストの中に置かれた人は、天の神さまを本当のアバ父と呼ぶことのできる親子の関係を持っているのです。私たちは、神さまの恵みと愛を受けながら、力強く生きていくことができます。決して捨てられません。悲劇的な存在ではありません。重荷を負って疲れ果て、人生を絶望しながら生きていく者ではありません。天の神さまが、私たちの父だからです。私たちは神の子どもです。 お祈り :私たちの父となられる天の父なる神さま、感謝します。子どもが父にすべてを委ね生きて行くように、私たちも神さまに人生を委ねて生きて行きます。私たちの信仰は倫理、道徳以上です。宗教ではありません。キリストを信頼して、悪に満ちた社会を、イエスさまの弟子らしく生きて行く私と家族になるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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