まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。 《ヨハネの福音書 三・3》
今、人々は何のために生きているのかを知りません。自分がどこから来て、どこへ向かい、何のために生きるのかという明確な目的も知らず、ただ毎日、その時、その時を楽しく生きることができれば、それで良いと考えています。この考えでは、永遠の喜びに至ることはありません。この考えで生きている人は、自分を失い、死んだような状態で生きています。永遠の喜びを見出せないで生きているのです。
エルサレムにある神学校の校長先生をしていたるニコデモも、心の中に永遠の喜びを得られず、ある晩、イエスさまを訪ねました。イエスさまはニコデモに言いました。「人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。《ヨハネ 三・5》」 アダムの子孫として生まれた人間は、自らの力や知識で、本当の目的、永遠の喜びを見出すこともできないばかりか、自分の力で救われることもできない、とイエスさまはおっしゃるのです。では、どのようにしたら、私たちは救われるでしょうか。
主イエスさまの足元にひざまずき、悔い改め、イエス・キリストの血潮で洗って頂くのです。そうすれば、聖霊さまが心の内に来てくださり、私たちを新しく生まれ変えさせてくださり、神さまのいのち、永遠のいのちを私たちに与えてくださるのです。聖霊さまにより新しく生まれると、どこから来て、何のために生き、どこに行くのかをはっきりと知ることができます。人生の目的を見出し、永遠の喜びも見出せるのです。救われる前は、罪と不義と、汚れと呪いと、絶望と死という力に打ち負かされ、なす術もなく、暗闇の力に付き従っていた私たちでした。けれども、イエスさまの血潮によって救われた私たちは、神さまを賛美しながら生き、新しい天と新しい地、新しい天の都エルサレムへと向かっているのです。豊かで輝かしい、永遠の都で生活できる目的をはっきりと見出したのです。新しいエルサレムに向って一歩一歩、毎日を生きるのです。目的と方向が明確になり、自分は神の子とされたことが明らかになるとき、人は永遠の喜びを得ることができます。
もちろん、この世界でも喜びを得られます。けれども、それは瞬間的なものです。酒で喜びを得ようとする人は、酔っている間は楽しくなります。けれども最後は酒によって滅びます。ギャンブルや麻薬で喜びを得ようとする人も、最終的には、ギャンルや麻薬で滅びます。お金をたくさん持ち、華やかな暮らしや有名になることで、喜びを得ることはできます。けれども、これも一時的なものです。新しく生まれ変わる体験をできない人は、瞬間的な喜びで満足するしかないのです。
イエス・キリストを信じて、新しく生まれ変わった人は、地上の生活を、旅人のように過ごします。永遠の都へ向かって生きる、このことが人生の目標となったので、永遠に変わることのない喜びを持つことができるのです。
お祈り :私と家族の人生をご支配しておられる天の父なる神さま、感謝します。神さまを心の王座から遠ざけていた罪を赦してください。私と家族が主の中で新しく生まれ変わって、永遠に価値ある人生を生きられるようにしてください。主の力強い御手をもって守ってくださり、この世と戦って勝利できるよう、聖霊さま、私に力を注いで下さい。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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