8月27日 神さまに立ち返りましょう

信仰の戦いを立派に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、多くの証人たちの前ですばらしい告白をしました。《テモテへの手紙 第一 六・12》

人の一生は様々です。人の数だけ、いろいろな人生があります。けれども、たった一度だけしか生きられないということは、すべての人に共通しています。

造り主であり、救い主の神が私たちに訪れてくださると、自分が歩んで来た人生を、主の御目を通して振り返ることができるようになります。私たちに生きる目的と意味を明確に与えてくださいます。私たちの生きる目的と意味、それは神さまに立ち返ることです。イエスさまを信じて心にお迎えし、罪が赦され、天のお父さまと和解すると、聖霊さまと新しい人生を歩む恵みが与えられます。ですから恵みを受けるためには、まず神さまに立ち返る必要があります。預言者イザヤは、神さまにふれられた時、神さまの聖さと義(ただ)しさに圧倒され、また自分自身の罪の姿を知り、「ああ、私は滅んでしまう《イザヤ 六・5》」と叫びました。主はイザヤを赦し、彼に触れ、聖めてくださいました。同じように、神さまは私たちを赦してくださり、触れてくださり、聖めてくださいます。主の限りない祝福を注いでくださいます。

神さまの御前で自分の罪を知り、神さまに立ち返ると、次に、主は私たちをご自身の働きに呼び出してくださいます。イザヤも神さまに触れられ、赦され、聖められた後、神さまの働きに具体的に呼び出されました。

イエス・キリストに会う時、人は何のために生き、どこから来て、どこに向かって行くのかという最も深い疑問は消えます。私たちのすべての罪と悪は、イエスさまが流して下さった血潮でみな洗われます。私たちの霊は、イエス・キリストによって復活します。永遠のいのちが与えられます。もはや死は恐ろしいものではなくなります。むしろキリストの中で、肉体の死は、神の国に入るための美しい門に変わっているのです。イエス・キリストにお会いするなら、人は何のために生き、どこから来て、どこに向かって行くのかという、人生の中の一番大きな問題の答えを得るのです。

このように、私たちは人生の目的を確かに知っているので、他の人々の案内者になることができます。新しい人生、新しく造られた者、永遠のいのちを持つことができたのですから、神さまから与えられる働きを喜んで受けましょう。神さまが私たちに向って、「だれを、わたしは遣わそう。だれが、われわれのために行くだろうか《同 六・8》」と言われる時、私たちもイザヤのように「ここに私がおります。私を遣わしてください《同 六・8》」と、信仰によって告白することができます。神さまの働きに呼び出された私たちは、主を信じていない人たちに向かって、神さまが世界を裁かれる時が近いことを驚告し、すぐに来る栄光の神の御国を紹介し、イエスさまを伝え続けなければなりません。世界は神の民となった私たちを待っています。私たちの家族、私たちの隣人、私たちが生きている社会が私たちを見ています。もし、神の民がイエス・キリストの光を照らさなければ、人々は死と絶望と虚しさに押しつぶされ、罪と悪の闇の中で人生を終わらせてしまうのです。

ですから、イザヤが神さまの幻を見て、神さまに立ち返り、神さまの力を頂き、神さまの下僕として命令を受け、当時の暗い時代に、神さまの美しいメッセージを伝えたように、私たちもこの暗い時代に、いのちのことばを伝える熱心な働き人にならせて頂きましょう!

お祈り:いつも共にいてくださる天のお父さま、感謝します。神さまの働きに呼び出されたことを忘れ、むなしく生きていました。私と家族がいつも信仰によって正しい生活、主の恵みに満ちあふれる生活を送ることができるように守ってください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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