9月2日 癒し主に全てを打ち明けよ

シモンの姑が熱を出して横になっていたので、人々はさっそく、彼女のことをイエスに知らせた。《マルコの福音書 一・30》

使徒とされた漁師シモンの家庭が、《マルコ 一・29~31》に記されている。この家庭の様子を垣間見ることは、非常に興味深いことである。

この箇所を読んで、直ぐに気付くことがある。主の御業が十分になされるために、家庭の喜びや心配という状況は、何の妨げにもならないということである。いいえ、家庭の喜びや心配があるがゆえ、主の恵み深い御働きを、肉親や家族が、直接、個人的に目の当たりにする絶好の機会となるのである。この主の御働きは、まさに百聞は一見に如かず、である。彼らにキリストの戒めをどんなに教えても、詮無いことである。キリストの御業を目の当たりにしたなら、強烈な印象が彼らの心に刻まれる。

カトリックや他の宗派では、或る種の地位に就く人にとって、結婚は否定されているようである。しかし、キリストを真に信頼する生き方と家庭生活とは、或る意味で、表裏一体である。シモン・ペテロの家は貧しい漁師の家庭で、住んでいる家も小さかったであろう。しかし、栄光の主が、そのシモンの家にお入りくださり、彼の家庭に奇跡をもたらしてくださった。今朝、どこかの非常に貧しい家庭で、シモンの家に主が訪れてくださったこの記事が読まれることであろう。貧しい漁師の家庭に栄光の主が尋ねてくださった、この事実によって、その読者が王なるイエスとの交わりを捜し求めるよう、励ましを受け取って頂きたい。神は、豪華な宮殿よりも、小さなあばら家に臨在を現わされることの方が多い。イエスは今、あなたの部屋を見回し、あなたに恵みを施そうとして待っておられる。

シモンの家に病が入った。命を危険に晒すような熱病がシモンの姑を襲い、彼女は床に臥した。そこにイエスが入られると、人々は直ぐにこの家庭の悲しみと苦しみをイエスに打ち明けた。イエスは、姑が臥しているところに急がれた。

今朝、あなたの家に病はないだろうか。あなたは、イエスが類い稀な名医であられることを知るに至る。直ちに御許に行き、全てを打ち明けなさい。ご自身の民の一人が悩み苦しんでいることは、イエスにとって些細な問題ではない。

見なさい。救い主は、直ちに病んでいたこの婦人を癒された。救い主のように病を癒すことの出来る者は、他に誰もいない。私たちの愛する者の病を、主が直ちに癒してくださると確信出来ないかもしれない。しかし、病人のために信じて祈る祈りは、この世のどのようなものにも優って、病人を回復させる力がある。けれども、祈っても病気が治らなかった時、私たちは、生と死を司られる主の御心に、従順に従わなければければならない。

イエスの優しい心は、私たちの悲しみを聞こうとして待っておられる。忍耐強い主に、全てを打ち明けようではないか。

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