8月16日 苦しみや困難が持つ大きな意味

苦しみに会う前には、私は迷い出ていました。しかし今は、あなたのみことばを守ります。《詩篇 百十九・67》

私たちは、人生の中で、いろいろ苦しみや困難に会います。その時、恨みごとを言い、不平をつぶやくのではなく、主に向かい祈りましょう。なぜ、この苦しみや困難がやって来たのかを調べ、神さまの御心を求めましょう。苦しみや困難には、必ず意味があります。その意味を調べ、神さまの御心に従う時、苦しみや困難は、私たちの信仰を成長させてくれます。

苦しみや困難を通っている時は、また従順を学ぶ機会でもあります。「キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び《ヘブル 五・8》」と、イエスさまも苦しみによって従順を学ばれました。ですから、私たちも苦しみや困難を通る時、従順を学ぶことを決心しましょう。アブラハムを見てください。百歳の時に与えられたひとり子イサクを、モリヤの山で神さまにいけにえとしてささげなさいと言われた時、すぐに従いました。

子どもは、親や目上の人に従う訓練を受けなければなりません。子どもたちが自分の願うままに生活していくことを許し続けるなら、また悪い事をした時に叱らずに大目に見ているなら、子どもたちは親のことばに従わない、自分勝手な者になります。最終的には、社会生活もできなくなるでしょう。悪を行ったなら、その人は必ず罰を受けなければなりません。その罰をしっかりと受け止めるとき、魂は健全に成長します。そうして、従順の訓練を受けるのです。

苦しみや困難を通る時、自分自身を神さまの御手に明け渡し、神さまに支えて頂き、神さまに守って頂きましょう。心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、精神を尽くして、神さまの御心に従いましょう。

苦しみや困難を通っている時、この苦しみを通り過ぎたなら、聖霊さまの力によって、必ず希望が与えられることを信じ、忍耐しましょう。今の現実が苦しいと言って、すべてを諦めてはいけません。「私は出来ない。私には無理だ。私はもうだめだ」と考えてはいけません。神さまから祝福を受けるために必要なものは、信仰と忍耐です。「見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます《ヤコブ 五・11》」と、聖書は言っています。

ですから苦しみや困難に会った時、祈りながら、苦しみや困難がやって来た意味を知り、忍耐しましょう。信仰によって、イエスさまにもっともっと近づきましょう。主を呼び求めましょう。その時、苦しみや困難が祝福に変わります。

お祈り:生きておられる天のお父さま、感謝します。私と家族は、毎日の生活の中でいろいろな苦しみや困難に会います。その都度、祈ります。聖霊さま、苦しみや困難がやって来た意味を教えてください。その苦しみや困難を成長の糧として、神さまに栄光をおささげすることのできる私と家族、一人ひとりになれるように助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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