9月11日 真実な愛をもって

子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。《ヨハネの手紙 第一 三・18》

今は、心に余裕を持つことができないストレス社会の時代です。人を機械のように、道具のように扱う社会です。みな、必要最低限の仕事だけしかしません。必要最低限の話だけしかしません。自分だけが得することに関心を持ち、行動することは、当たり前のこと、良いことだと思っています。隣人に良いことをしようと考えたり、行動したりすると、変わり者のように思われます。今の時代、先生は、“師”となる必要がなくなり、ただ“教える人”で良いのです。教科を教えていれば、それで充分なのです。学生の人格に影響を与える必要がなくなりました。将来への燃えるような希望を持たせる働きは、しなくてよくなりました。“どのように生きるべきか”ということを伝えることは、時代遅れとなっています。親と子どもたちの関係も、同様です。両親は、子どもに良い着物を着せ、学費を出せば、それで自分たちの務めを果たしたと思っています。また、夫婦の関係もそうです。夫は、朝から晩まで働いて得た給料を妻に渡しさえすれば、それで自分の務めを果たしたと考えています。このような考え方は、今の時代、あらゆる人間関係の中に見られます。

こんな話を聞いたことがあります。ある家庭の主人が、牧師のところに来て、こう言いました。「先生、私は家内をどうしても理解することができません。私のかせいで来た月給は、そのまま全部家内に渡します。食べる物にも不自由させていません。住まいも与え、着る物も買って、家財道具もみな与えているのに、毎日のようにけんかをしかけて来るのです。私は、どうしたらよいのでしょうか。」それで、牧師はこう答えました。「あなたが、奥さんにしてあげたことは立派なことです。けれども、家で飼っている犬にも、飼い主は心を使い、気を配ります。あなたは、奥さんの悩み、悲しみ、苦しみ、喜びに関心を持ったことがありますか。そして、愛と信頼関係を結ぶために努力しましたか。きっと、お互いに対話のない生活をして来たと思います。あなたが、奥さんに与えるべきものは、物だけではなく、心からの愛の交わりです。」彼はこの話に納得し、生活に必要な物に、愛も加えました。その家族は、幸福に暮らすことができました。

今、社会は益々すさんで行き、日ごとに、残酷さを増していく犯罪が起きています。小学生が殺人を犯すようになりました。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。真の愛の関係が、ないからです。物があり、必要なものが準備できたら、それで充分であるという考えは、本当に危険な考えです。真の愛の関係を持つためには、1キロ歩けと言われたら、その人と一緒に2キロ歩き、上着を求められたら、下着も与えることができる、そのような与える愛を私自身が求める必要があり、その与える愛を隣人に実践する必要があるのです。

お祈り:愛の神である天のお父さま、感謝します。深く、広い愛で私たちを救ってくださり、恵みを豊かに備えてくださり感謝します。与える愛が、私と家族にもっともっと必要です。私と家族に永遠の愛を注いでおられることを感謝します。家族一人ひとりの心の中に愛が満ちあふれ、喜びと平安が満ちあふれますように。それぞれの欠点と心の傷を、心から理解し、慰め合うことができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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