1月24日 神は、愚かで弱い者をお選びになります

しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。《コリント人への手紙 第一 一・27》

毎日の生活の中で、「ああ、私はなんて愚かで、弱いのだろう」と、自分自身に対して絶望する時があります。けれども神は、そのような私たちを敢えて選んでくださり、救ってくださったのです。「しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。

肉体と心の弱い者は、いつも頼ることのできる強い者を探します。強い者を探した結果、ついにはイエス・キリストを見出したのです。イエスさまの強い力によって、霊と魂と肉体が救われたのです。皆さんの中で、肉体と心が弱くて、自分に対して失望している人がいるなら、今からはイエスさまを信頼しましょう。自分のことを強い者だと思っている人は、福音を古くなった靴のように捨てます。イエスさまを信頼する必要など全くないと考えます。最終的には、風に吹き飛ばされる落ち葉のようになり、掃き捨てられ、燃やされてしまうのです。

イエスさまは、弱い者を喜んで迎え入れて下さるのです。そして弱い人を用いて、自分は強い者だと思い込んでいる人を辱しめられるのです。私たちのすべての重荷を十字架の前に降ろしましょう。そうすればイエスさまが私たちのために戦って下さり、私たちを強くしてくださるのです。神さまの目から見れば、すべての人が卑しい人であり、すべての人が踏みにじられている人であり、愚か者なのです。この世が与える劣等感や挫折感は、心に強烈なダメージを与えます。ですから、その劣等感や挫折感を持って生きていくと、必ず毎日の生活の中で失敗してしまいます。人は、自分の人格を受け入れてもらえる場所がなければ、生きていくことはできないのです。イエスさまがこの地上に来られた時、地位や身分の高い人をお探しにはなりませんでした。イエスさまがお探しになったのは、地位や身分の高い人から卑しめられていた人です。漁師や取税人です。自分の体を売って生活していた女の人です。夫を何度もかえた女性です。彼らを選び、彼らに栄光と誉れの冠をかぶせてくださったのです。《黙示録》には、天の都の土台石には、漁師や取税人だった使徒たちの名前が記されていると書かれています。

イエスさまは今日も、卑しめられ、さげすまれている人のもとを訪れて、呼び出してくださいます。その人を慰めてくださり、イエスさまの栄光の中に導いてくださるのです。ですから、イエスさまを心に受け入れる人は、天の御国の祭司となり、天の御国の民となり、またキリストと共に栄光を受ける者とされるのです。

お祈り:愛の御手をのばされ、私たちをかばってくださる天の父なる神さま、感謝します。この世の価値観では、私たちを弱く、愚かで、つまらない者です。けれども神さまの御手の中では、強く、大胆で、尊い者であることを感謝致します。私と家族にどんな問題が襲いかかって来ても、この強いキリストを信頼して勝利し、天のお父さまに栄光をささげることができますよう、聖霊さま、助け、導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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