わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した【主】であるからだ。あなたがたは聖なる者とならなければならない。わたしが聖だからである。《レビ記 十一・45》
イエスさまの御心に従って生きる者を、主は喜ばれ、その人を祝福なさいます。イエスさまの御心を発見し、従うためには、まず神さまと私はどのような関係であるのかを知り、またイエスさまはどのようなお方なのかをよく知らなければなりません。きょうのみことばには、この事が書かれています。
第一に、神さまこそまさに、私の神さまになられるのだということが書かれています。今、数多くの人がイエスさまの御名により父なる神さまを信じていますが、その神さまが本当に自分の神さまであるという事実を、確信することができずにいます。「お父さんの神さま。牧師先生の神さま。長老さんの神さま」と思っています。神さまがまさに自分の神さまであるという信仰が、あまりにも弱いのです。ですから祈っても、神さまの答えがないような気がするし、神さまが自分よりも、ほかの人を愛するような気もします。王の王、主の主なる神さまはまさに、一人ひとりの神さまです。神さまが私の神さまとなって守ってくださるならば、どんなに心強いことでしょうか。
第二に、神さまは聖なる神さまです。この世のすべてのものは皆、変わります。聖とは、いつまでも変わらないということです。神さまは永遠から永遠まで聖なる神であり、変わることのないお方です。「【主】であるわたしは変わることがない《マラキ三・6》」と書かれています。神さまの約束は、必ず成し遂げられます。聖なるお方だからです。
第三に、神さまは、私たちが聖なる者となることを願われます。やみと光は一緒にいることは出来ません。悪と善も一緒にいることはできません。雀は雀同士、アヒルはアヒル同士で集まります。同じように神さまと交わりたいなら、神さまと同じように聖でなければならないのです。神さまは罪を行う人と交わることはできません。自分自身が聖であれば、聖なる神さまと交わることができるし、神さまが喜ばれる生活をすることができます。
では、どうすれば聖なる生活を送ることができるのでしょうか。神さまにしっかりと立ち返り、イエスさまの血潮によって罪を洗い流して頂き、新しく生まれなければなりません。新しく生まれた人は義です、主なる神さまがと宣言してくださるからです。
愛するみなさんは、神さまこそ私の神さまであるという確信を持っていますか。神さまが聖なるお方であることを知り、みなさんに聖なる生活を求めておられることを知っていますか。今この時、自分の生活をもう一度見直しましょう。
お祈り :聖であられる天の父なる神さま、感謝します。私が聖い生活が送れなかったことを悔い改めます。赦してください。私と家族が聖い生活を送れますように、聖霊さま、助けてください。私と家族と隣り人、この社会と国が聖くなって、美しい共同体となるようにしてくださり、喜びが満ちあふれるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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