11月15日 恵みによって与えられるとげ

その啓示のすばらしさのため高慢にならないように、私は肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高慢にならないように、私を打つためのサタンの使いです。《コリント人への手紙 第二 十二・7》

イエス・キリストを私の救い主として心で信じ、口で告白し、毎日、聖霊で満たされて暮らしているにもかかわらず、毎日の生活の中で苦しみをもたらす「とげ」があるのを見て、心の中であわててしまうことがあります。

私たちよりも遥かに偉大で、遥かに信仰の篤い使徒パウロは、聖書の中で、自分の生涯の中に迫って来る弱さ、屈辱、苦痛、迫害、困難という「とげ」があることを感じていたと書いています。

どうして、パウロのようにキリストの福音を深く、広く理解し、主に大きく用いられた主の弟子に、そのような「とげ」が与えられたのでしょうか。「それは私が高慢にならないように」するためだ、と主はおっしゃいます。《Ⅱコリント 十二章1~4節》には、パウロが第三の天にまで引き上げられ、パラダイスと呼ばれる、人間には語ることの許されていない、天の御国の神秘と栄光を目撃した体験談が記録されています。パウロは、パラダイスで人間の言葉では表現することのできない栄光と神秘を見た後、この世と天の御国との板挟みになりました。「しかし、肉体において生きることが続くなら、私の働きが実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいか、私には分かりません。私は、その二つのことの間で板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです《ピリピ 一・22~23》」と、パウロは告白しています。

また彼は、この第三の天にまで引き上げられた確実な体験を通して、「たとえ私たちの地上の住まいである幕屋が壊れても、私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住まいがあることを、私たちは知っています《Ⅱコリント五・1》」と語りました。

更にパウロは、信仰によって義と認められる深い聖霊の働きを悟り、その真理を私たちに教えました。

このようにして、聖霊さまによってパウロは深い信仰の体験をしましたが、天の父なる神さまは、パウロの心が高慢によってゆるがないように、肉体にとげを与えられたのです。このように、私たちに迫って来るとげは、私たちが自分自身を信頼する誤った信仰を捨てさせ、弱さ、屈辱、苦痛、迫害、困難によって、私たちの心のゆるみや高慢を防ぎ、目をさましていることができるようになり、益々天の父なる神さまに近づくようにしてくれるのです。これを知って私たちは、毎日の生活に迫って来る苦しみをもたらす「とげ」を、感謝の心をもって受け入れ、毎日キリストの中で、目を覚まし、自分の身を顧み、悔い改める信仰生活をすることを心がけなければなりません。

お祈り:私たちの王であられ、愛と正義をもって私たちを治めてくださる天のお父さま、感謝します。私たちにいつも良いことをしてくださる主よ、私たちに日本人としてのとげ、学校や会社にいる時のとげ、家庭でのとげ、個人のとげがあることを知りました。このとげは神さまの御心を悟り、成熟した人格を得、へりくだった生活を送ることのできる動機となることを感謝申し上げます。私と家族の一人ひとりが主を信頼し、神さまの働きのために用いられますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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